牧師室

神々しい時

この頃、朝一番のトイレ訪問は、神の臨在に出会う神々しいときである。隣の家の庭にある二本のキンモクセイの木から放された香りが、夜の間、牧師館のトイレにまで入ってきて、部屋中に満ちている。コロナ禍の中で、ソーシャルディスタン…

続きを読む

神の顔をした可愛い子たち

日曜日の朝、まだ礼拝が始まる前に、可愛い顔をした子らが豊かな香といっしょに一束になって牧師室を訪ねてきた。「家の庭に咲いている子たちです」、「教会にはお花があるけど、牧師室にはないと思ったのでもって来ました」というお言葉…

続きを読む

祭司長やファリサイ派のよう

未だに鵠沼の道に迷う。今日は藤沢の図書館からの帰り道に迷い、一時間ほどさ迷った。結局、スマホを出して案内してもらったが、スマホが案内する道が、自分がそれだと思う道と異なることで何度も葛藤をおこす自分。まだ乱れている自分の…

続きを読む

キンモクセイの香で平和に

春に咲く沈丁花は千里まで広がり、秋に咲くキンモクセイは万里まで広がるという言葉がある。昔の花嫁たちは初夜を迎えるために、これらの香を身につけるくらい、昔から女性たちに愛されてきた香のようだ。以前働いていた教会にもこれらの…

続きを読む

今日は秋夕(お盆)

今日は一年の中でお月様がいちばん丸く見える日。韓国では秋夕(お盆)で、昨日から連休に入っている。故郷に帰るために大移動の時でもあるが、今年はコロナ禍のためがまん、がまん!私は、先祖の前に供えられたお餅を食べるのが大好きだ…

続きを読む

修行が足りない

台所の生ごみを畑に埋めるために出て帰ってくると、いつの間にか、何か所も蟹にさされてかゆみ出はめる。気づくと一緒に家の中にまでついて来たものがいて、思い切り叩き殺される。そこで仕返しの快感を味わっている自分は、何と残虐な人…

続きを読む

空っぽになってこそ

冷蔵庫の中のものをすべて取り出して掃除をした。私のものではなく、学生たちが使っているものだ。出されたもののほとんどが捨てられるもので、きれいになったところに再び戻ったのはほんのわずか。すっきりして気持ちいいですという学生…

続きを読む

新しい始まり

先週の月曜日(9月21日)に丹沢の大山を登りました。急な階段が続く道でとても大変な思いをしました。その日は祝日だったので、家族連れが多かったのですが、小さな子どもたちも家族と一緒にその道を登っていました。頂上に近づいた頃…

続きを読む

大山に登りました

山に登りたくて夏が去るのをこのために待っていたのかもしれない。9月21日、あの噂の大山に登った。ケーブルカーに乗らずに下から。祝日だったので人家族連れや若者たちも多かったけれど、それが私には力になった。子どもたち(幼稚園…

続きを読む

平和があるように!

平和があるように!

人の家(家族)や心に「平和があるように」と祈ることは、その人のためにもなりますが、祈る人のためにもなります。人は、いっしょに住む家族でも異なる人格をもっていますし、他人は離れて暮らしていて、血のつながりもなければ、まった…

続きを読む