みことば
折がよくても悪くても
人間の体は、緊急事態の中でも生理的活動を続ける。口からものが入ればば、必ず外へ出すようになる。出ていかなければ病気になる。同じように、キリストの体なる教会も、神の霊の働きは与えられていて、それをみなはいただいている。それ…
続きを読む神の右の手
強風の一日。冬を追い出して春を来させるためには、これだけの強風が吹かなければならないのだろう。闇を追い出して光をもたらすためにも同じく言えよう。神はわたしたちの内の頑固な暗闇を追い出すために右のみ手を差し出して働いておら…
続きを読む神さまの証
魂の渇きを覚える時、わたしたちは神さまに会いたいと願い、どこか遠いところ、美しいところへ出かけようとする。まるで、真理は遠い国にこそあると思い、聖地のようなところへ行かなければ、決して神に出会うことはできないと思うのであ…
続きを読む主の変容主日説教
マルコによる福音書9章2~9節 ただイエスのみ 神秘的な体験をしたいという願いは、古い教会の時代から強くありましたし、数々の体験談もあります。しかし、その願いのゆえに、キリストに従う道からキリストを支配する道に転じてしま…
続きを読むふきのとう
もうすべて死んでしまったのだと思っていたところから芽が出ていた。ふきのとう。昨年、除草してくださっていた方々が、残してほしいと伝えてあったふき畑まできれいに除草してくださったのだ。どんなにがっかりしていたのかわからない。…
続きを読む信教の自由を守る日に
「『自由』とは他からの強制・拘束・支配などを受けないで、自らの意思や本姓に従っていることをいう」と、ウィキペディアには書かれてあった。その通りであるし、みなそうであることを求めている。しかし、そのような自由を求めつつ、執…
続きを読む救いの喜び
自分が何かの問題を抱えていることは、実は祝福されていることと、この頃思うようになった。家族間のことや仕事のこと、健康上のこと、人間関係、経済的なこと、様々なことで、わたしたちは苛立ち、がっかりし、悩み、不安になり、場合に…
続きを読むここに、あなたと一緒に
「慰めるとは、痛みを取り去ることではなく、一緒にいて次のように言ってあげることです。『あなたは一人ではない。わたしはあなたと一緒にいます。一緒に重荷を負いましょう。恐れないで。わたしがここにいます』と。それが慰めです。わ…
続きを読む顕現後第5主日 説教
マルコによる福音書1章29~39節 起き上がって仕えよう 先週の火曜日は幼稚園で節分の行事が行われ、その声が牧師館にまで聞こえてきて嬉しいでした。「鬼は外! 福はうち!」と言って、豆をまいて鬼を退治する子どもたちのかわい…
続きを読むそれでも
すべて命あるものの命を促しながら圧倒的な力で東の方から昇った太陽を濃雲が隠している。まるで輝く太陽などないかのように。しかし、確かに昇った太陽は濃雲の向こうで輝いていて、その存在を証明する光が雲の間から差し出されている。…
続きを読む