キリストの心(教会だより2026年6月号)
2026.7.9
「キリストに召された」
マタイによる福音書 9章35~10章8節
50年も前に、1975年10月4日、私は日本に来ました。アメリカの神学大学で、青年伝道のボランティア・ユース・ミニストリーVYMについて聞いた時、興味がありました。2年間外国での冒険をしながら、教会の中で奉仕することができると思いました。英会話教師として、コンタクトを作って、教会の中に人を連れて行くことが良い伝道方法と思いました。2年後、アメリカに帰って普通の教会の牧師になるつもりでした。
半年日本語の勉強の後に、大宮ルーテル教会と東京ルーテル外国語学校と札幌ユースセンターで札幌中央ルーテル教会と一緒に、青年伝道をしました。日本で牧師になるように召されたと感じました。ルーテル神学院で勉強して卒業して、白根教会でNRKの牧師として按手を受けました。又、北見、後志広域伝道、沖縄での働きです。50年間の冒険で、成功があり、失敗があり、希望と失望もありましたが、いつも分かってきたのは、自分が今いる場所は、神様が私を送った所でした。その所で、私に与えられた働きとは、神の国を宣べ伝え、律法と福音を宣べ伝え、キリストの死と復活による罪の赦しを告げることでした。これは、この50年間に、私の喜びと楽しみでした。
この50年間、日本ルーテル教団の中のチェンジがありました。先ず、日本に着いて2か月後で、ミズリーシノッドの宣教師がアメリカに帰らせられました。日本ルーテル教団が自給自足制になりましたが、教団が大きくなりませんでした。教会の数も、会員の数も、牧師の数も減りました。VYMもなくなりました。しかし、絶望ではありません。主なる神は、私たちを守ります。新しい時代の宣教の冒険の為に聖霊の導きの為に祈ります。
(沖縄ルーテル教会牧師 マイケル・ニアフッド)
