議長だより(教会だより2026年7月号)
2026.8.5

 「祈りは聞かれているのだろうか……」。これは、信仰者であれば誰もが抱く問いだと思います。祈っても状況が変わらないように思えるとき、私たちは祈ることに空しさを感じてしまうのです。

 しかし、聖書は祈りを、神の御心を私たちの願いどおりに動かす手段とは教えていません。祈りとは、まず神が私たちをご自身のもとへと招いてくださる恵みです。私たちはキリストのとりなしによって神の御前に立つことを許され、祈ることができるのです。神は私たちの願いを私たちの思いどおりに聞いてくださるとは限りません。しかし、私たちの祈りを決して退けることなく受け止め、御心にかなう仕方で応えてくださいます。祈りは神を変えるためではなく、祈る私たち自身が神の御心へと整えられ、変えられていく恵みなのです。

 主イエスは、「あなたがたの父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存じなのだ」(マタイ6章8節)と言われました。それでもなお「求めなさい」と招いてくださるのは、祈りを通して私たちをご自身との交わりへ招き、御心へと導いてくださるからです。

 主イエスが教えてくださったように、「御心が天に行われるとおり、地にも行われますように」と、それぞれの教会で、家庭で、そして日々の生活のただ中で、御言葉に支えられながら祈りを共にしましょう。主は私たちの祈りを決して空しく終わらせることなく、祈る者を平安と希望のうちに生かしてくださいます。

江本 真理