言は世にあった
2025年12月25日(木) 説教
主の降誕祭
ヨハネによる福音書1章1~14節
言は世にあった
クリスマスおめでとうございます。
お生まれになった救い主イエスさまの祝福が皆様の上に豊かにありますように祈ります。
さて、新しい始まりです。ベツレヘムの家畜小屋にお生まれになった救い主は、マリアとヨセフに、羊飼いたちに、そこに集まっているみんなに、平和の道を示されました。夜の野原に響いた天使たちの声は「いと高き所には栄光 神にあれ、地には平和御心に適う人にあれ」と歌いました。御心に適う人にこそ真の平和があるようにと神さまは祈っておられるのです。神さまがくださる平和を生きるにふさわしい者として私たちが招かれています。ですから、私たちは、先ず自分自身が、その平和を生きる者になりたいです。それから、近くにいる家族や遠くにいる世界の人々と平和な関係作りをしていきたいのです。それは、慣れた道ではありません。新しい道です。私たちが知らない道で、ともすると、歩いたことのない道なのかもしれません。
もしかしたら、私たちは、真の平和とか、主の平和とか、神の平和など、何度も、何十回も聞いていて、口にするから、言としては使い慣れているかもしれません。しかし、実践したのはどれくらいでしょうか。神さまから与えられた平和を生きたこと、そこからどんな変化があり、どんな実りがあり、その実りを味わったことはありますでしょうか。ですから、今年のクリスマスから新しい道を歩き出すのです。
ある作家の話をご紹介したいと思います。名前は梁 石日さんという人です。大阪で生まれた在日コリアン作家です。多くの著作が映画化されました。名が知られている作家ですが、タクシードライバーをアルバイトにしながら作家生活をしていたときがありました。「タクシードライバー」という本の中で彼は、新しい始まりについてこう述べています。「タクシードライバーにとって新しいはじまりは、乗せたお客さんを降ろしたところからです。」、「ですからスタートする場所はばらばらで、どこで、新しいスタートを迎えるか、それはわかりません。乗せた客を降ろせば、そこが新しいスタート時点になります。しかし、帰る所は常に一か所。車を納める車庫です。」と。
在日コリアンがどれだけ苦労をして生きたのかということは聞いて知っていましたが、彼は在日二世で、在日一世が担った苦しみとは少し異なる闇を経験しています。個人的には、小さい頃、父親の暴力に耐えなければならなかった。韓国人でありながら韓国に住む人には受け入れられず、言語も、話すこと、書くことすべて韓国人のようには出来ない、思想的にも韓国の若者が抱えているものとは異なる。何をしても中途半端な立場に立たされていたのが、在日二世たちでした。
自分が選んだのではない生まれ育った世界の中で、いったい自分は何者なのだろうと探し求める彼の内面の問いかけが、彼の小説の中に描かれています。
そして、「タクシードライバーにとって新しいはじまりは、乗せたお客さんを降ろしたところからです。」、「ですからスタートする場所はばらばらで、どこで、新しいスタートを迎えるか、それはわからない。けれども、乗せた客を降ろせば、そこが新しいスターと時点になります。しかし、帰る場所は常に一か所。車を納める車庫です。」と。私はこの言葉にとても励まされました。
今日の福音書の10節からをもう一度お読みします。
「言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。言は自分のところへ来たが、民は言を受け入れなかった。しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には、神の子となる権能を与えた。この人々は、血によらず、肉の欲によらず、人の欲にもよらず、神によって生まれたのである。言は肉となって、私たちの間に宿った。私たちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。」(10~14節)。
「言は世にあった」。ヨハネ福音書のこの箇所の「言」とは、ギリシャ語ではロゴスと言いますが、ロゴスはイエス・キリストを示す言葉として受け止められています。そのロゴスが肉を取ってこの世に、つまり私たちの間に宿られた、それがクリスマスなのですが、ここでは、言は初めから世にあったというのです。
ですから、あの家畜小屋で産声を上げた日から始まるのではなく、世の初めから、神さまが言によってこの世を創造なさったその時から、ロゴス、言はこの世にあったというのです。きっとそれは、言によって創られた被造物を通してでしょう。そうではなく、言がひとりでウロチョロしているようなあり方ではないと思います。お創りになったすべての被造物を通して言は存在していたということ。つまりそれは、すべての被造物は神の賜物を宿っているということになります。
私は、以前、母が死んだとき、母はクリスチャンではなかったので、死んだらどこへ行くのだろうと思ったときがありました。当時、私はまだ神学校には入らず、杉並教会に通っていたころです。大和先生が杉並教会にいらっしゃったときで、その話をしたら、「死んだ人がどこへ行くかは神さまが決めることだから神さまに委ねよう」と、慰めのお言葉をいただきました。「神さまに委ねればいいのだ」という、ホッとしたあの時を思い出します。なぜなら、母は熱心な仏教徒でしたが、熱心に祈る人でした。母が信じていた信心によって、信じる人が行くべき所に行ったと信じるようになりました。人が造った宗教の名前によってではなく、信じる人と、信仰の対象との間に生まれる信心によって、人は生き、常に新しい始まりへと導かれ、その死も信じた道を辿っていくものであるということです。
天地万物が神の言によってなったことを信じる私たちは、イエス・キリストが創造主を具体的に現わしてくださる方であると信じていますし、イエス・キリストを救い主と告白しています。
しかし、ほかでは、被造物の中に宿っている神の賜物を、自分たちにとって理解しやすい形で現し、そこから多くの宗教が出来たと考えられないでしょうか。
「言は世にあった」ということ。私たちが生まれるずっと前から言はこの世の中にあった。被造物を通して。つまりこの言葉は、それだけの可能性が被造物に与えられていたことを示している言葉です。七転び八起きのように、転んだら転んだ所から立ち上がる。在日コリアン作家の梁 石日さんが言うように、お客さんを降ろしたところ、そこが新しい出発点になるのです。これは、私たちが限りなき可能性と共に居生きているということです。
私たちは、もう歳だ。生きてきた日より生きていく日が短いからと言ってこの可能性を諦めていませんか。肉体の死を人生の終わりとして考えているからです。もう終わりを決めた生き方に慣れてしまいました。
いつも残念に思いながら解決しないことがありますが、一人では教会に来られなくなった場合、教会のコミュニティから遠ざかった方々がおられます。牧師でありながら、それ以上関わってはいけなさそうに思わされるときがあります。家族の理解が必要だったり、ご本人が元気ではないお姿を見せたくないとおもっていらっしゃったりという事情は分かります。しかし、教会生活、または信仰生活は、元気なときだけのことにはならないと思うのです。今の教会共同体の在り方がそもそも間違っているのではなかと思うときもあります。
私の終わりを自分で決めつけず、肉体の死を迎えたその瞬間まで、神さまにゆるされた可能性を生きる者でありたいです。
「言は世にあった」と証するヨハネ共同体は、酷い迫害を受けました。だからこそ、自分たちのすべてを神さまの可能性の委ねていたのでしょう。新しい始まりを生きる共同体として自分たちに希望をもたらした、その信仰を受け継いで歩みたいです。
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