ごく小さなことに
2025年9月21日(日) 説教
聖霊降臨後第15主日
ルカによる福音書16章1～13節
ごく小さなことに
私たちは、一生涯のうち、何回くらい人生のピンチのときを迎えるのでしょうか。人によっても違うと思いますが、一度も試練のない人生はないと思います。自然災害や戦争、事故や病気、人間関係、家庭内不和…これらすべては外からやってくるものですが、ありとあらゆることが、私たちの人生の歩みの途上に待ち伏せています。その度、きっと皆さんは賢く向き合ってこられたのだと思います。
先ほど読まれた福音書に登場する不正な管理人。彼も人生のピンチの中に立たされています。金持ちの家の管理人としての働きが与えられ、どれだけのときを働いたのでしょうか。人の財産の管理ですから、きっと、初めは慎重に臨んでいたのでしょう。しかし、だんだん慣れて来ると、貪欲が姿を現し、少しくらいはばれないだろうと思って始めた不正が、少しずつ大きくなり、結局、主人にばれてしまいました。
彼は主人に呼び出され、「会計の報告を出しなさい」、「もう管理を任せておくわけにはいかない」と言われました。困りました。彼は、不正のお金をためておかなかったようです。どこに使ったのでしょうか。もしかしたらギャンブルに手を染めたのかも知れません。
野球の大谷翔平さんの元通訳だった人が、違法賭博の借金の返済のために大谷さんの銀行口座から約1700万ドル（約26億円）を不正に使っていたことが発覚され、起訴されました。服役中と思いますが、引き出した全額の賠償が命じられています。普通の人は一生涯のうちに触ることのできない巨額をどうやって返済することが出来るのでしょうか。
主人に呼ばれて、「会計の報告を出しなさい」と言われた管理人は、ほんとうに困りました。主人が自分を首にしようとしている。それがわかると、仕事を取り上げられた後の自分のことが心配でたまりません。自分には土を掘る力もないし、物乞いをするのも恥ずかしい。それで、彼は、そうだ！と思いつきました。主人に借金のある人たちを呼んで、借金額を減らしてあげるのです。油百バトス借りている人には五十バトスにし、小麦百コロス借りている人には八十コロスに減らして証文を渡しています。主人に借りがある人たちの重荷を減らしてあげて、気前のいいおじさんのように振る舞っています。
彼の振る舞い方を見た主人は、彼を褒めています。そして、イエスさまも彼のことを褒めておられます。
この不正な管理人の話は、イエスさまが弟子たちに聞かされたたとえ話です。「どんな召し使いも二人の主人に仕えることは出来ない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を疎んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富とに仕えることは出来ない」(13節)ということを話すために語られた話でした。
つまり、管理人は、主人に仕える者として雇われたのに、いつの間にか貪欲の囁きに耳を貸すようになり、主人の財産、つまり、冨に仕える者に転落してしまったのでした。しかし、最終的に彼は救われます。主人の一言、「会計の報告を出しなさい」、「もう管理を任せておくわけにはいかない」と言われたことで、彼は貪欲のどん底から救われました。彼は我に返ります。そして、貧しい人たちの重荷を減らすことで、富とのつながりではなく人間とのつながりの中で生きる道を模索し始めたのです。
イエスさまからこの話を聞いているのは、神の国を管理するためにイエスさまに召し出された弟子たちです。神の国をよりよく管理して、すべての人に主の恵みが行き渡るように働くのが、弟子たちの使命です。喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に涙を流しながら慈しみ深い神の愛を分かち合うこと、そのために弟子として立たされたのでした。その弟子たちに、さて、あなたがたは、その働きを全うしていますか。もしかしたら、この世での地位を確保することや人々から賞賛を受けて人気を得ること、自分の名を残すために一所懸命ではありませんか、という問いが投げかけられているのです。
不正な管理人は主人から「会計の報告を出しなさい」と言われて、はっとさせられました。主人に借りのある人たちを呼んで借金を減らしてあげている様子から推測すると、もしかしたら彼は、主人の財産をもって、人々に必要以上の利子を課して、そこから入って来るものを自分のポケットに入れていたのかもしれません。主人の財産をよりよく運営しているつもりだった、その自分がいつの間にか富と一つになって、富の奴隷になっている。そう気づくや否や、彼は、人の貧しさや弱さにつながって、貧しい人々と共に生きる道を選び取ったのでした。
このたとえ話のポイントはここにあります。富ではなく人を選んだこと。彼が選んだ人たちは、借金が減らされても、依然と借金が残っていて、貧しさの中を生きる人たちです。それだけ弱い立場に置かれている人々と連帯して生きる道を、彼が選び取ったということです。
イエスさまは、他のところでこのようにおっしゃっておられます。「金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通るほうがまだ易しい」（18:25）と。金持ちであることは悪いことではありません。しかし、富と言うほど多くの財産を所有するようになると、気を付けなければ、人は、自分の持っているものによって操られるようになります。貧しい人のことを上からの目線で軽んじ、弱い立場にいる人のことを平気で傷つけるようになります。そうしているうちに、自分の周りからどんどん人がいなくなり、気付いてみるとお金と自分だけが残っている。孤立してしまうのです。富が、真実なものを見つめる目を塞ぎ、人々の優しさに気づく感覚を鈍くさせてしまうからです。
億万長者と呼ばれるビル・ゲイツはそう言うことを良く知っている人でしょう。彼は、ほとんどの財産を貧しい人々のために差し出しました。医療、貧困対策、教育などの分野で慈善活動を行い、今年の5月から20年間をかけて、財産の約2000億ドルを寄付する計画を発表しました。これは、彼の全財産の99パーセントと言われます。
彼のような人はどんどん儲かったらいいと思います。いくらあっても富みに操られるような不自由な生き方ではなく、困っている人と共に生きる自由な道を選び取る人。ですから、きっと、神さまが、彼を祝福して富を注いでくださったのではないかと思います。彼は、与えられた富をもって、困っている人たちとつながって生きる道を拓いて行く人です。
私たちは、ビル・ゲイツが預かったほどの富の祝福はいただいていませんが、それよりももっと豊かな世界を相続されました。神の国です。今日の福音書の中でイエスさまはこうおっしゃっておられます。「不正な富に対して忠実でなければ、誰があなたがたに真実なものを任せるだろうか」(11節)と。このお言葉は、神の国を受け継いでいるあなたがたは、今、富とどんな関係にあるのかという問いかけでもあるのです。
「不正な富に対して忠実でなければ」というこの言葉が富との関係性を表しています。それは、私たちが生きているこの世の仕組みを知らないと理解できないかもしれません。つまり、お金を稼ぐ、稼いだお金で投資する、それがどんどん増えて富となって行く、その過程で格差が出てきます。貧しい人はいくら働いても貧しいまま、お金のある人はお金の力によってどんどん富が蓄積されていく。この段階で不正な富が造られます。今のこの世はこの仕組みによって営まれています。資本主義体制だからです。資本主義とは、お金が物を言う世界のことです。
ですから、神の国を生きるように招かれてここにいる自分が、実は、資本主義の体制の中にとっぷりと浸かって、自分の人生の中でお金が物を言うことを許し、それによって神の国を失っていることに気づくということです。その気づきさえあれば、この世の富との間に距離を保つという関係性ができるようになります。
ですから、「不正な富に対して忠実でなければ」とは、お金と距離を保った生き方をすることと言えます。イエスさまがおっしゃる「真実なもの」は、莫大な富があっても買えません。自分の弱さのゆえに嘆く私を救うのは、お金ではないのです。神さまだけが私の渇き果てた魂を潤し、泥のどん底に落ちている私を救い出すことが出来るのです。弱さとつながって、私の真実な隣人となってくださるのは神さまお一人なのです。神さまは、神の国の真実なものを任せるために、お金の前に屈しない人を探しておられます。その恵みに与った私たちは、今、自分の貧しさや弱さに嘆いているもう一人の隣人とつながって、私と真実に関わってくださる神さまを現したいです。
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