キリストの心(教会だより2026年3月号)
2026.3.17

「命がけの愛」
ヨハネの手紙I 4章9

「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」。キリストは十字架の上で叫ばれる。あれほど神を心から愛し、神の御心に忠実に従って生きてこられたお方が、そして神からも深く愛され、豊かな祝福のうちに生かされてこられたお方が、神から見捨てられるとは、なんと非情なことだろう。そこにいた人々は、そのキリストに向かって「もしお前が神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りてこい」と、容赦なく罵声を浴びせた。

 しかし、そのただ中で、キリストはただ沈黙しておられた。十字架から降りてこようとせず、じっとそこに留まられる。その持てる力で、容易に自分を救うことができた。それでも、あえてそうなさらない。十字架から降りることも簡単であったが、あえてその上に留まられる。なぜならキリストはご存知だからだ。ご自身が神から見捨てられることでこそ、本来なら神から見捨てられなければならない私たちが、神の救いにあずかることができることを。ご自身がその苦しみを引き受けることでこそ、私たちが受けるべき苦しみが取り除かれることを。

 キリストは、こうして私たちの苦しみを苦しみ、私たちの死を死なれた。私たちが神の御許で、永遠の命に生きるために。

 四旬節。十字架に示された、私たちへの命がけの愛を受け止めよう。

(大麻ルーテル教会牧師 白井真樹)