キリストの心(教会だより2026年2月号)
2026.2.20
牛も熊も共に
イザヤ11章7節
昨年の10月31日に、17年間生活を共にしてきた犬が死にました。犬を飼うようになって、動物を見る目が変えられました。特に牛や豚や鶏など、食肉になるものに対しては、一種の憐憫の情のようなものを感じてしまうようになりました。そのくせ、お肉は相変わらず、いただいているのです。気持ちがちょっぴり、変わっただけのようです。
そんな気持ちの延長線上にあるからでしょうか。昨年の秋以降、住宅地に熊が出没して、大勢の方々が大怪我を負ったり、亡くなるという報道に、人にも熊に対しても心を痛めました。命を守るための、急を要する対応の一方で、そもそも熊が山から下りて来るのは、大好きなどんぐりの実が、不作だったからだそうです。
たまたま観たテレビ放送では、神奈川県の山北町で、ブナの木の苗を栽培して、山に植える運動が起こされていて、全国にも拡げられることを願っているとのことでした。この一帯では、戦後、ブナなどの広葉樹を伐採して、スギやヒノキを植林して来たので、この事態を招いている、とのことでした。緊急対応と、時間を要しますが根本的な対応とが、バランスよく施されるように祈らざるを得ません。それはまた、人間の生き方にも言えることではないかと考えさせられているところです。
改めてイザヤが預言する平和に、耳を傾けさせていただきます。
(戸塚ルーテル教会牧師 清水 臣)
