キリストの心(教会だより2025年12月号)
2026.1.19

「悲しみの中で」

 友だちの猫ちゃんが先月、腎臓を患って亡くなりました。一般に、猫は加齢とともに腎臓病になり易いと言われています。友だちの猫も老衰と言える年齢になっていたそうですが、看取るのが辛いと言って亡くなる前から彼は消沈していました。亡くなった猫の他にもう1匹飼っていました。その猫も先日、同じように腎臓病を患いながら亡くなりました。老衰とは言え、一月の間に、可愛がっていた猫ちゃん2匹を失った彼は、涙を浮かべながら、「先生には悪いけど、『神も仏もないですよ』と呟きました。彼はクリスチャンではないので、私が牧師であることを意識して、私に悪いけどと言う言葉を加えたのだと思います。私は、涙を一生懸命にこらえようとする彼に、「悲しいね…。」と声かけをしながら、彼が受けとめてくれたかどうか分かりませんが、自分にも言い聞かせるかのように「悲しくて、辛いけど、信仰はそこから始まるのだよと」と彼に呟いていました。

 内村鑑三の弟子でもあり、無教会の伝道師で新約聖書学者でもあった塚本虎二は、関東大震災で、奥さまとお嬢さまを亡くしました。瓦礫の前で打ちひしがれながら「何が、神は愛だ‼」と思う中で、静かなる小さな声で「あなたがどのように思おうとも、私は、愛なる神である」という声を聴いたそうです。それから、聖書の言葉が、知識では無く心に響く聴き方に変わったと言っています。

 クリスマスの季節です。イスラエルの人々がローマ帝国の属国として苦しんでいる中に、インマヌエル(神、共にいます)と言われるイエスさまが送られて来ました。そのイエスさまは、十字架という苦しみの中でも父なる神さまと共に在り、死んで復活し、今も、悲しむ私たちのそばで「共に居るよ」と囁いてくださっています。

(北海道地区宣教アドバイザー 粂井豊)