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粂井豊
教団議長
粂井 豊 (札幌中央教会牧師)



年頭のあいさつ
2012
 昨年の大震災による津波と原子炉爆発による放射能問題、等々と痛ましく、悲しい、苦しい現実が、未だに癒えない中、新しい年を迎えました。艱難の前で、私たちは何もできない器であることを痛感させられます。しかし、いつの時代でも、痛ましい苦しいさまざまな問題はあります。このような言葉は、家や仕事を失い、その上、愛する家族さえ奪われた人たちに、そのような状況の中に置かれていない者が、安易に使うことは不遜であると思いつつも、人の歩みの前には、想像もしていない苦しみや悲しみが、いつでもあるのです、と言わせていただきます。平和に慣れ親しんでしまった私たちは、自分たちが、平穏無事に歩めるのが当たり前のように思っています。しかし、希望の光を見いだすことがなかなかできず、辛い苦しい現実の中で生きて行かざるを得ない状況に置かれることがあるのです。
  私は、イエス・キリストの降誕というクリスマスの出来事に出会った『羊飼いたち』に、その状況を垣間見る思いがいたします。彼らは毎晩、寒い夜空の下で野宿しながら、夜通し羊の番をする生活でした。どうして自分はこんな苦しい辛い生活をしなければならない羊飼いの子として生まれたのだろうと、思う生活でした。その羊飼いたちの上に、天使の声が響きました。彼らは、その天使の言葉に従って乳飲み子を探し、飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見て、神をあがめ、讃美しながら帰って行ったとルカの記者は語ります。彼らが、飼い葉桶の中に寝かせられた乳飲み子イエスを見ても、彼らの生活は、何ら変わらなかったのです。しかし、寒い夜空の中での厳しい仕事は変わらずとも彼らの心は、変わっていたのです。
  私たちの生かされ方は、この羊飼いの中にあるように思います。苦しい辛い現実の中に置かれていようとも、家畜たちの食べ物入れに寝かせられた乳飲み子イエス・キリスト、やがて人の罪のために十字架にかかられたイエス・キリスト、そして復活されたイエス・キリストを見る時、私たちは、苦しい、厳しい現実の中にあっても、神をあがめ、讃美しながら、歩む道へと送り出されるのです。そして、主イエスのみ心を心にとめ、人の痛みを覚え、祈る道が示されているのです。心新たに、主イエスの希望に信頼して歩む年でありたいと思います。


あいさつ
 今期三年間の宣教計画として、『キリストの体として歩む教会』という主題と、「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶ」(コリント1一二章二六節)という聖句にもとづき、「①共同宣教・共同牧会の実践、②多様な福音宣教者の養成③韓国ルーテル教会との宣教協力の推進」が承認されました。
現在、当教団は非常に厳しい状況の中にあります。教職者不足は深刻で有り、さらには、教職を招聘する力のある教会も少なくなっています。そのような教団を、「どのように支え、どのように成長させていくか、」を考えますと、どうしたらよいのか、と途方に暮れる思いです。そんな思いを抱かざるを得ない中にあって、宣教総主事や事務局長を引き受けてくださった二人は、招聘されている教会に専念されたいと思われても不思議ではない中にあって、しかも、二人とも神学校での教鞭の時間を持たれながらという上での重責です。教団のために、一教会一牧師という枠を超えての共同宣教のための実践です。スタッフだけでなく、副議長も、教会と幼稚園の担いながらの神学教育委員の兼務です。執行部の人たちだけではありません。周りを見つめると、新潟地区でも北海道地区でも、共同宣教を実践し始めています。それぞれが、真の自立に向けての新しい出発を担い始めています。
力ない者であるにもかかわらず、もう一期議長という大役を引き受けることになりました。力が無いと嘆いているだけで無く、主に信頼し、仲間たちと共に苦しみ、共に喜ぶ歩みへと前進したいと思います。