使徒言行録は、五旬祭の日、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、弟子たち一人ひとりの上にとどまったと、聖霊降臨の出来事を伝えています。この炎のような聖霊に与った弟子たちは、そこから押し出され、人々の前でみことばを語る大胆な証し人になるのでした。
わたしは、この出来事からあのルカ一五章の放蕩息子と父親を思い起こします。二人の息子の父親が、ある日、下の息子から、財産を分与してくれるよう願われました。本来ならば、父親の死後か、または何らかの理由で父親が財産を管理することが困難になった時に財産を分けるのが常識でしたが、しかし、下の息子は今求めるのです。この申し出を受けた父親は、そこで躊躇することなく、しかも下の息子にだけではなく、上の息子にも財産を分け与えます。まだ元気で現役で十分財産管理ができる、そんな自分の権利を主張することなく、父は、自分の持てるものすべてを二人の愛する息子に分け与えました。この父親の姿に、炎のような舌が分かれ分かれに弟子たちの上にとどまった聖霊、炎のような神の愛を見出すのです。
つまり、この愛は、十字架の上で「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」と、自分を十字架に付けている人たちのために祈られながら死なれた主の熱く燃える愛であり、また、主の復活を信じられず、戯言(ざれごと)のようにしか思えなくて恐れの中にいた弟子たちを訪れ、彼らの真ん中で「あなたがたに平和があるように」と平安を祈り、あなたがあなたとして、わたしがわたしとして生きることを祈り、勧め、遣わせてくださる主の燃える愛なのです。
放蕩の限りを尽くした後、息子は豚小屋の前で、我に返り、「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」と告白します。
やっとここで我に返った息子は、どれだけ愚かなことをしてしまったのか、今の自分の状況が見えてきました。このとき、息子は父親のところへと戻る決断をいたします。彼は、自分のために、何も言わず、何もかも与えて押し出してくださった父の炎のように熱く燃える愛に気づいたからです。
主は言われました。「真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる」
(ヨハネ一六章一三節)。主は私たちを決して見捨てることなく、熱き燃える愛をもって、わたしに臨んでくださいます。
来たれ!聖霊よ。
ルーテル世界連盟LWFは戦後間もない一九四七年創設されて、今年で六〇周年を迎えます。その記念の集いが、誕生の地スウェーデンのルンド市に帰って行われました。
LWFの初代議長はルンド司教アンダース・ニグレンでした。彼は当時すでに「アガペーとエロース」という著書によって世界的に著名な神学者でした。今回われわれを接待してくださったルンド司教はクリスチナ・オーデンベルクという女性です。ルンドの司教座聖堂における日曜日の記念式典以外は、ホテルで会議の毎日でした。LWFの慣例により相部屋です。韓国のオム議長と同室で、生活を共にしました。
この集いには、世界一〇五か国から約五〇〇人が集まりました。理事・評議員・教会代表の他、LWFスタッフと地元のボランティアたちです。教会代表(議長や司教)は年配の男性がほとんどでしたが、LWFの理事・評議員・スタッフはクォータ制(割当制)をとっており、女性が四〇パーセント以上、三〇歳未満の青年が二〇パーセント以上を含める決まりになっているので、今回の集まりには女性と青年も多かったようです。
アジア議長会のテーマは、組織改革案、女性牧師や同性結婚のような性の問題、水やエイズなど環境や経済格差の問題、他教会・他宗教との対話と協働など盛りだくさんでした。
LWFは加盟教会間の双方向的多方向的な交流(対話と協働)を行っていますが、それだけでなく、伝道、教育、医療、災害、貧困対策など数百のプログラムに毎年百億円以上の援助をしていることを知らされました。NRKの個々の教会は、自分の教会の維持に汲々としている現状ですが、他者(弱い立場にいる隣人たちや発展途上国)に対して何か貢献しようとする意識をもっているか、と問われていると感じました。世界に目を向けて、日本の教会の責任と課題を自覚するよううながされました。「自立と連帯」というモットーに新らしい視野を与えられて帰ってきました。(教団議長)
この度、「キャンパス・ミッション協議会」という会が発足しました。ルーテル諸学校(ルーテル学院大学・神学校、NRK神学院、浦和ルーテル学院、聖望学園、九州学院、九州ルーテル学院)の代表者会が主催で、これに日本福音ルーテル教会と日本ルーテル教団の二教団が加わり、新しい会を立ち上げました。
協議会は二〇〇七年三月二四日に飯田橋・ホテル・メトロポリタン・エドモントを会場に、それぞれの学校の理事長、学長、校長、チャプレン、聖書科主任、そして二教団の宣教担当代表が加わり、二五名が集まり協議がなされました。
この協議会の目的は、ミッションスクールのキャンパスが宣教の一翼を担う重要な存在であることを認識し、互いに協力し合って建学の精神を具現化しつつ、日本の宣教に貢献することです。
もうひとつは、諸学校の母体であるそれぞれの教団、教会との密接な関係を強め、宣教において協力していくことです。
協議会では学校を代表してそれぞれに発題があり、それに対する質疑応答や意見交換などがなされ、ミッションスクールの抱えている問題や悩み、またミッションスクールならではの喜びなどが語られて、有意義な会となりました。
今後両教団に対して、ミッションスクールキャンパスを宣教方策の柱の一つとして位置付け、人材の要請と支援に取り組んでもらえるよう要請することが決議されました。
さらには、神学教育委員会にもキャンパスミッションに向けた牧師の養成や、神学生のミッションスクールでのインターン実習などを計画して欲しいという要望も出されました。
協議会の今後の取り組みとして、各校のチャプレン、聖書科教員、両教団の宣教担当者など一四名で、毎年三月(卒業式後)会合を持つことを決めて協議会を終了しました。(宣教総主事)
三月二九日〜四月一日まで、ILC神学校会議が南アフリカのプレトリアにて開催されました。日本からは準備委員でもある下舘正雄師、加えてジョナサン・ブランキ師と私斎藤衛が教団から派遣され参加しました。三回目となる今回はテーマを「今日のルーテル教会の牧師養成について、神学校に求められる課題」とし、世界各地から集まった約七十名の神学教育関係者が意見交換しました。
アジア地区の準備委員として下舘先生がチャプレンの役割を務めたため、開会礼拝のリードをブランキ先生が、閉会礼拝のリードを斎藤が持ちました。その四日間はまず、ドイツから招かれたスレンツカ博士の基調講演で始まりました。「告白的教会と神学。そして告白する神学者」と題し、告白的ルーテル教会のあり方、そして世界が抱える課題とどう対峙するのかを説いて下さいました。この基調講演を皮切りに、制度的側面、文化的側面、エキュメニカルな側面、神学的側面、以上四つの側面からの課題を捉え、おのおの講演が続きました。それぞれの講演にはあらかじめ準備された応答の講演があり、いっそう課題を浮き彫りにしました。三回目の会議だからでしょうか、互いに率直なやりとりがうかがえたように思います。実習教育を担当している私は、ほかの神学校の実習担当の教員と意見交換することができ、たいへん有意義でした。今後さらに具体的な課題を挙げて会議を持つ要望も出され、いよいよ意義深くなる会議が見えてきたと思います。
特に今回はアジア地区だけで集まり意見交換する機会を持つことができたのが、成果の内の一つです。前回、台湾の宣教師と話し希望したことが今回実現したわけです。アジアの脈絡でネットワークを作る構想も確かめ合い、今後が期待できる締めくくりとなりました。(神学院長)
肥後美子
「「鈴木正久」日本の説教N
解説 村上伸
監修 加藤常昭、鵜沼裕子、船本弘毅
日本キリスト教団出版
二、六二五円
二〇〇四年一〇月「日本の説教」という本が出版された。一五名の著名な説教者による説教集である。監修者は出版の目的について述べている。「二一世紀を迎えて、日本の国の歩み、その文化の将来を問い直さざるを得なくなっている。すべての面での変化も多様であり、しかも急速である。まことの、生きておられる神を証しする責務を負うキリスト教会の言葉も生き方も、誠実に自己吟味を重ね、必要な刷新を怠ることはできない。その中核で常に問われるのは、その言葉である。そのためにもこうした歴史的回顧の営みは不可欠であり、緊急のことでさえある。」その一五名の説教者の一人「鈴木正久」先生の説教集を紹介したい。
先生の教え子である解説者は、信徒たちが説教によってどのように生きる力を与えられたかを調査し五点を挙げている。一、真実な言葉の力。二、福音に聞く説教。三、聖書的な、キリスト中心的な説教。四、時代への即応性。五、卓抜な比喩。私見を許して頂けるなら先生はエレミヤのような人であったと思う。イスラエルの滅亡、エルサレムの陥落と神殿の崩壊、バビロン捕囚という激動の時代に、召して下さった方に真実で忠実であろうとするほど敵対者からの激しい圧迫により苦難の道を歩まねばならなかったエレミヤ。一方教団議長として「戦争責任の告白」をするに至り、またその後背負った多くの苦難はエレミヤと重なる。しかし神はエレミヤに告げる「永遠の愛を持ってわたしはあなたを愛した。それゆえわたしはあなたに誠実を尽くし続けた。」(エレミヤ三一章三節)
「愛」という説教で先生は言う。「愛…それはイエスキリスト、ことにあの十字架のイエス・キリストに心を打たれることである。その為に何であれできるだけのことをしようとすることである」と。この先生に対して、神もエレミヤ同様誠実を尽くし続けられたと信じている。先生から洗礼を授けられた私も、説教によって生きる力を与えられた証人である。(センター教会会員)
信仰の継承
司会 日本での伝道・救霊を考えるとき、先ほどの話と少しずれますが、信仰の継承と言うことを考えないわけにいきません。実は今日の座談会の中心テーマもここにあるのですが、はっきり言って私たちはこの問題に失敗しています。この点について皆さまはどのように思われますか。
A 大きい妨げは、日本人が枠にはめようとするからでないでしょうか。例えばCSは小学生だけとか。アメリカでは多くの年齢層の人々がCSに参加しています。教会のサイズも小さいですが、今の枠を取り払い、もっと大きな見方が必要だと思います。
B 言葉の壁があるので、私は自分がどこまで正しく見ているか自信がありませんが、情熱が欠けていると思います。キリストの内にある自分が見えてこない限り、人は生きている目的も意義もわからないと思います。でもキリストの中にある自分、そして自分の中にあるキリストに気がつけば、人はそのことを誰かに伝えたいという強い気持ちが湧いてくるはずと思うのです。
司会 情熱の欠如が教会にあるということですか。
B すべての人というわけではもちろんありません。でも情熱のある人は伝える方法がわからない。頭で分かることと心で分かることは違うと思うのです。頭で信仰継承が必要と分かっても、心で本当に感じなければ継承はできないと思うのです。私が育った環境では、信仰は体験する、育む、心で感じる、そういった経験をしてきました。日本ではCSでも口で聞かせるだけで体験させることがない。何か教会のイベントで体験させるだけでなく、親が生活の中でする信仰経験や信仰的発見を、口に出して子どもに伝えていくことが大事だと思います。祈りをもっとできるように、子どもと一緒に祈るとか。
C 信仰は個人のものと日本人は考えていますね。信仰は家族のものという面も強いと思います。
A 子どもが中学、高校になると、勉強のために家に残して来る場合が多いようで残念です。
D でも親がクリスチャンでない場合が多い。大宮教会のCSでは、浦和ルーテル学院の生徒が多く、彼らの親は教会員ではありません。親は塾に子どもを送るように教会に子どもを置いて帰ってしまいます。ですから子どもたちに良いクリスチャンのモデルが無いのです。
E 家族以外でも、CSやミッションスクールが信仰継承に役立たないでしょうか。
私の家族は熱心なクリスチャンでなく、家庭であまり信仰の話は聞かなかった。けれどカトリックの学校で学び、シスターの強い信仰の姿勢に影響されたと思います。先生方の、信仰によって生きる姿は生徒に良い影響があると思います。テニスコーチは実際の練習の中で、自分の経験を教えていくように、聖書の勉強の中で信仰を伝えるだけでなく、日常の生活の中で信仰の経験を話すとき、よく伝わっていく。
今後の課題
司会 だんだん時間がなくなってきました。最後にこれからのVYMに、またNRK諸教会にどんなことを望まれるでしょうか。
A 今の世代の子どもたちがクリスチャンになり、次の世代はもっと多くのクリスチャンが生まれるように。
司会 どうしたらそうできるでしょうか。
A 神がそう望まれれば可能ですから、神に祈ること、自分のできる範囲で神に祈っていくことだと思います。
B VYMに対しては、自分の持っているタレントを生かして欲しい。教会と密接につながって、自分にしかできないことにチャレンジして欲しい。
C VYMが一緒に働くこと。VYMの必要が日本の教会になくなることが一番良いが、それまでは教会とVYMが一つのチームになって働いていくことが理想です。ぼくの父はよく「同じところに留まるな」と言っていました。三年前のVYMと今のVYMは違うと思います。同じように教会も変わっていく必要があると思います。
D 英語教育が焦点で無くなり、伝道が焦点になれば良いと思います。一人一人のタレントが用いられること。今私は音楽を通して伝道できるクリスチャンやVYMが欲しいです。
司会 そのために教会がVYMを経済的に助けることができるようになると良いですね。
E 教会同士が伝道において協力して行って欲しいです。そしてVYMが、教会間をつなぐものとしても用いられると良いと思います。日本の教会に外国人がいることは、地域の関心を呼ぶ助けとなるでしょう。そのような関心がある間に、VYMを有効に用いて欲しいです。またVYMが働く教会の牧師さんは、オープンでしっかりとした伝道の指針、その教会が何を目指し、そのためにどんな活動をしたら良いか、教会員やVYMとよく話し合って作り上げてほしいと思います。
司会 そのために教団はVYMに関するヴィジョンと方策を打ち出す責任がありますね。
編集長 あるVYMが「自分たちは磁石のようなものだ。自分たちにくっついて来た人たちを教会に連れて行く。教会員たちはその人たちをキリストの体の一員とする」と言ったそうです。今のVYMはその磁石の力を、聖霊の導きの中で倍加させようと願い始めているとこの座談会で感じました。教会もまた聖霊の導きの中で、VYMと共に伝道する姿勢を強めることが大事でないでしょうか。これからもこのような話し合いの場が、もたれることを願って終わりたいと思います。今日は本当に有益なお話ありがとうございました。
インドネシアはスマトラのメダンにあるノーメンセン大学には、神学部もある。わたしが訪ねた年には、神学生だけでも二〇〇名いた。ちょっと信じられない数だ。だがバタクにある諸ルーテル教会の信徒数が二百万、牧師が受け持つ信徒数が地域によってはひとり四千人に及ぶ、と聞いたら、この数でも少なすぎるのがわかる。ノーメンセンは、スマトラ伝道の開拓者であるドイツ人宣教師の名である。学生をつれてスマトラ研修をした折、わたしはこの神学部で講演を依頼された。日本のキリスト教の現状を語るのが一番よいだろう、と安易に考えて話をしたが、終了後の質疑、応答の時、ひとりの学生がした質問がこれだった。正直わたしは困った。わたしは賀川先生のご生涯の概要的な、常識的な事しか知らなかった。どう思うか、と聞かれても確信をもって答える知識はない。しかし日本の教会というテーマで話をしたのであるから、知りませんというわけにはいかず、答はしどろもどろで、恥かしかった。しかしわたしは、逆にこのスマトラの青年が、なぜ賀川に興味をもっているのか、知りたかった。
理由はわかった。第二次世界大戦で、日本はインドネシアを占領、長期支配した。わたしたちが行った時は、すでに戦後三〇年過ぎていたが、いく先々で古老たちが「日本の歌を知っているよ」といって歓迎に歌ってくれたが、「見よ、東海の空あけて」で始まる日本賛美の歌であった。どんな支配をしていたか、それだけでもわかろうというものだ。辛い歓迎であった。
事実、日本占領軍はバタクにあるキリスト教会を閉鎖するという乱暴な行為に出たという。そのとき、キリスト教会の看板を『新生活運動』としなさい、と指導してくれたのは賀川先生だった。それは先生がすすめていた運動で、かなり知られていた。そのお蔭で、わたしのところの教会は閉鎖されないですみ感謝でした、と言った古老もいた。こういう事実があったのだ。
賀川先生は、日本ではどちらかと言えば社会派牧師というレッテルがはられて、評価されるし、ドイツ神学、アメリカ神学にすっぽりとつかっている人達は、あまり関心がないらしい。しかし一歩外へ出ると、アメリカでも賀川の名を聞いたし、スマトラでも、こういう質問に出会うのだ。わたしは反省をうながされた。
その後、わたしは宣教学の立場から、農村伝道がどうして振わないのか、という問題につきあたり、会津にある農村伝道センターに年に二度、三度と通い、農民クリスチャンたちとの交わりを深めた。そこでもまた、賀川先生の、いまに生きる影響と指導を感じた。そこにはまだ農民福音学校が生きていた。賀川先生が戦前にすでに全国に展開し、一時は一七〇校にのぼった活動が、ここでは続いているし、農を大切にする先生の意思を継ぐ人々がいた。すばらしい出会いであったが、そこへつながった遠因は、ノーメンセン大学の神学生のこの一言であったと思っている。(ルーテル学院大学名誉教授)
私を知っている人は私が日曜日を安息日としていることを聞くと笑ったりしますが、これは私が神さまに対してロマンスを抱き続ける方法なのです。お気に入りのコートと手袋は日曜日だけに着けます。私は神さまとのデートのためだけの香水や宝石を持っています。安息日を真剣に考えていますし、それを守っているのです。どんなに天気が良くとも、その日は洗濯も掃除もしません。
しかし、日曜日の礼拝だけでは一週間を過ごすためには十分ではないのです。一週間通して私は神の愛とキスが必要なのです。私の愛読しているキリスト教の雑誌の今号では性に関する記事がいくつか取り上げられていました。ある記事の題は「セックスは寝室の外で始まる」とありました。神との密接なかかわりとして礼拝と聖餐の類似性について継続して書かれており、意図的に霊的な生活の中でそのような環境をつくることは大事だ、とも書いてありました。もし、神さまと普段話をしないで、ただ礼拝に行くだけでは義務と感じてしまうこともあると思います。
しかし思い返すと、あんなにも忙しかった時でも両親は裏庭にあるパティオでコーヒーを片手にブランコに座っていたことを思い出します。そこは「お父さんとお母さんが静かな時を過ごす場所」であり、その間は子どもが立ち入ることのできない場所でした。外が寒い時は家の中でソファーに座って話していました。
他の夫婦と違って父は愛情深く母は私のようにあちこち飛び回り忙しくあれこれしているタイプです。母は夕食を作り、子どもの宿題を手伝ったりなど他にもストレスの度合いを上げてしまうような雑務が多くありました。そんな時、父はそばによって母を腕に抱きキスをしました。父はコーヒーを作り母に持っていきました。母が心配事のある時や心を乱されていたりした時には父が気持ちを落ち着かせてあげていました。私たち子どもは両親が一緒にいる時がとても嬉しかったものです。そのような時、母はいつもより優しく、落ち着いていて忍耐強いのです。これは私が神さまと一緒にいる時と同じです。多分あなたもそうでしょう。神さまは私にマリアのようにイエス様の足元に座り、神さまを愛し、愛してくれるようにとおっしゃいます。しかし文化や自分の性格、時には教会が、マルタのように忙しくさせます。
もしあなたが礼拝を義務と感じ祈りを重荷と考えるのなら、あなたと神の結婚生活は冷たいものになるでしょう。だからわたしはこういいたいのです。ロマンスをとり戻しましょうと。あなたのものであるはずの喜びを見過ごさないで下さい。あなたの気持ちを花婿へ向けましょう。花婿を喜ばせ、全てを委ねればあなたも全て満たされるでしょう。あなたにとって重要な人は誰でしょうか。他の誰かでしょうか、それとも永遠の愛であなたを愛してくださるただ一人のお方でしょうか。
牧師の定年は、教団の規則で満六五歳となっています。
昨年七月、今までいた教会に「来年は定年の年になるので辞任したい」と申し出、今年の四月から新しい教会に派遣されました。定年の年の辞任となり、しばらくは牧師を続けさせて頂くものの、感慨深い。一度は牧師を止めざるを得ないか、と思ったこともありましたが、主の憐れみによってここまで来ました。
定年を間近にして「牧師職」がどんなによい仕事であるかを改めて感じています。理由は、いろんな人の人生の喜びと悲しみに、その心と魂に寄り添うことが許される務めであることです。神さまと人との間の橋渡しをする働きに尊い意味があると思うからです。
そんな風にして、キリストの体である教会づくりをしていくのですが、その仕方が各々の牧師の賜物や個性に相当まかされているところがよいところです。
定年になったら、今度はゆっくりやったらどうかという助言を受けましたが、やはり最後の力を尽して主と教会に仕えるべきと思います。
辞任の前日、一通の手紙を貰いました。
「長い間、神さまについてお話をし、聞いて頂き、私の信仰を根の深いものにするお手伝いをして頂きありがとうございました。聖書だけではやはり神を感ずることはむつかしく、肉体をもった生身の先生が一緒にいて下さったことで信仰の道を歩くことができています。これからも人の心を救うという人間としては最高の仕事を、神さまのお導きのもとに許されるかぎり続けられるよう祈ります」。
人は人との出会いの中で喜びを受け、育てられてゆくものと感じています。
受洗者報告
三月一八日
馬場祈倫(いのり)君
三月二五日
西川優子さん
四月八日、主の復活日礼拝にて藤咲章恵(ふじさくあきえ)さんが受洗されました。藤咲さんは幼い頃センター教会の英語学校や日曜学校に来ていました。大学を卒業し就職、仕事も慣れてバリバリと働いていた頃、仕事上の無理難題が原因のストレスで体調を崩し、休職されました。そんな折、藤咲さんの心に浮かんだのは子どもの頃通った教会の情景。さっそく訪ねてくださり、以来、礼拝にもよく出席されて受洗への思いと準備を重ねました。当日はお父様も礼拝に来てくださって、共に喜びあうことができました。主の導きを感謝しつつご報告いたします。
先日のイースターは三名の受洗者もあり、少し趣向をこらしみんなで楽しみました。例年早天礼拝を海辺の松林でしますが、今年は高さ二・五メートル、幅三メートルのお墓を松林の中に設置し、礼拝の最後にみんなでイエスさまの葬りをあらためてするために、お墓の前に移動しました。でも私たちは亜麻布しか発見できず、白い衣を着た天使(VYMのエフレン先生)から主がよみがえられたことを聞きました。すこしドタバタしましたが、最初のイースターの気分をちょっぴり味わいました。直径一・二メートルのお墓の入り口をふさぐ大きな石は、本物そっくりにできました。
受洗者は高校生の阿南七海さん、大学生の大島一剛さん、吉畑夢貴さんでした。内二人はVYMのルース先生、アンジー先生のとき英語学校の生徒さんでした。生徒でない一人もVYMとの交わりで教会につながりました。感謝。
住所表示の変更
新潟市が、この四月より人口八一万人の政令指定市となりました。それで教会の住所が以下のように少し変更になりました。郵便番号は変わりません。
新潟教会→新潟市中央区関屋松波町二の八三
新津教会→新潟市秋葉区秋葉一の一〇
白根教会→新潟市南区上下諏訪木一一四八の四
桜花爛漫の四月八日(日)復活祭主日礼拝の中で、ピースカー師の司式により北澤忠蔵牧師の就任式が執り行われました。喜びをもって報告いたします。
イースターの朝、教会では北澤牧師お手製のポスターが会衆を迎えてくれました。天使を描いた見事な意匠に教会員一同は感激。普段は簡素な祭壇を百合の花で美しく飾りつけ、喜びのうちに復活祭礼拝に与りました。礼拝の中で行ったため内輪での就任式でしたが、兄弟姉妹の皆さまより多数の祝電を頂戴し、一同感謝の念に耐えません。この場を借りまして御礼申し上げます。礼拝後には共に食卓を囲んで主の復活をお祝いし、溢れんばかりの百合の花束で北澤牧師ご夫妻を歓迎しました。
白百合に 天使が調べ 置き添えて 共に祝いし 復活祭かな
《編集後記》
この連休に、二人の教会の友を天国に見送りました。沈む気持ちの中で、でもこの友たちはもう憎んだり誤解したりしなくてもよい、主イエスの新しい御国に入ったのだと気づいて嬉しくなりました
◆新緑が目にまぶしい季節です。教会だよりも少しは新鮮になっているでしょうか?何かご感想のある方はどうぞ編集部にお手紙ください。今私たちは新連載に腐心しています。キリスト教や聖書に関するQ&Aの連載を近々始めます。どうぞ質問をお寄せください
◆また皆様の教会が記事になったり、皆様の牧師や教会の友が記事を書かれたら、どうぞ注文部数を五部でも十部でも増やして伝道に役立てていただけませんか。お願いいたします
◆それから写真を編集部に送るときは電子メールのデーターでお送りください。その方がきれいに印刷できることが分かりました。(野村記)
教会だより 509号
2007年5月10日 発行
発行者 日本ルーテル教団
〒102-0071 東京都千代田区富士見1-2-32 Tel 03-3261-5266 Fax 03-3262-7759
教会だより編集委員 野村治(委員長) 鈴木素雄 山口卓也 西川知世 下枡幸枝